皆さんはメキシコと聞いて何を連想しますか。
私は陽気なソンブレロを被り派手なポンチョを着込んだメキシコ人しか思い付きませんでした。
去年のワールドカップではクロアチア対メキシコの試合に向かう新幹線の中でメキシコ人の余りの陽気さに気が付くとメキシコ国旗がフェイスペインティングされバリバリのメキシコサポーターに成っていました。
暑いあの国に文明があった事を私は少しもリアリティーを持たずにいました。ウシュウマルの遺跡を訪れたのはまだ朝日が昇る前の青い空の時間でした。観光客も鳥の声すらしない静まりかえった神秘的な空間でした。
何千年も昔に人類が運び上げたピラミッド状の遺跡が私を見下ろすように立ちふさがっています。その壁面に作られた階段はかなりの急勾配で3分の1も登ったところで振り返ると、ほとんど絶壁に立っている感覚に足が縮こまり一段も上に進めずしゃがみ込みました。
ひんやりとした石段に腰をかけ木々の向こうを眺めていると鳥の鳴き声と共に太陽が雲を切り裂くように登ってきます。マヤ文明に生きた人々はこうやって朝日を見たのでしょうか。あまりに勾配のきつい石段は人を拒絶する様にすら感じましたが、その頂上には神殿が造られ心臓が漠々するほどの高さの所でいったい何を行っていたのでしょうか。
日がすっかり登り切った頃、夢を見ていたのを起こされたように焼き付ける太陽が何もかもを露わにし全てが干からびて入るように感じ寂しく成りました。

オアハカの小さな村で染色を昔からのやり方でやっている人を訪ねました。
メキシコといえば燃えるような赤が織物に登場しますが、その赤は実は虫の体液から作られていたのです。その虫はうちわサボテンに寄生して育ちます。白く粉が吹いたサボテンにブラシをそっと当てると5@程の虫が落ちてきます。粉を払うと紫がかった甲虫でした。それを乾燥させて石臼に入れてつぶすと鮮やかな赤の色が現れます。大変手間のかかる仕事です。それを彼は仕事と言うより人生の楽しみと話す芸術家のように悠々として行っているのをその仕事場の空間にも感じます。
広々として開放的できちんとかたづけられた無駄のない本当のミニマルな空間の作業場と、庭は放し飼いのニワトリや犬がのんびり昼寝をし、お母さんはおいしいサボテンサラダを作る。どこを撮っても絵になる空間でした。
うらやましくて、ここにしばしとどまり、虫を育て染めて織っての暮らしをしてみたくなりました。

宙を飛ぶ円盤のようですが実はエンビ盤で作った夏の帽子です。資生堂のカレンダーの為に作ったこの帽子は上原多香子さんが被りました。

2003年8月NO.115号掲載